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大分地方裁判所 昭和51年(行ウ)2号 判決

原告 江口徳義

被告 別府税務署長

主文

1  原告の所得税の更正処分の取消を求める請求をいずれも棄却する。

2  原告の確認の訴えを却下する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和四九年六月二五日付でなした昭和四八年分所得税の更正処分及び昭和五〇年五月六日付でなした昭和四九年分所得税の更正処分は、いずれもこれを取消す。

2  被告は原告に対し、昭和四八年分所得税につき金一〇万二〇〇〇円を、昭和四九年分所得税につき金二三万五三〇〇円をそれぞれこえる金額の租税債権を有しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し、昭和四九年三月一二日、昭和四八年分所得税につき、別表一の〈1〉欄記載のとおり、還付を受けるための確定申告をしたところ、被告は、昭和四九年六月二五日付で同表の〈2〉欄記載のとおり更正する旨の処分をした。

2  原告は、昭和四九年七月三〇日、右処分につき被告に対し異議申立をしたところ、被告は、同年一〇月三〇日これを棄却する決定をなしたので、原告は、同年一一月二九日熊本国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は請求棄却の裁決をなし、その裁決書謄本は昭和五一年三月六日原告に送達された。

3  原告は被告に対し、昭和五〇年三月一五日、昭和四九年分所得税につき、別表二の〈1〉欄記載のとおり、還付を受けるための確定申告をしたところ、被告は、昭和五〇年五月六日付で同表の〈2〉欄記載のとおり更正する旨の処分をした。

4  原告は、昭和五〇年五月八日、右処分につき被告に対し異議申立をしたところ、被告は原告に対し同月二二日付で異議申立を審査請求として取扱うことの同意を求め、原告が同月二六日付でこれに同意する旨の回答書を被告に送達したので、右異議申立は前記昭和四八年分所得税についての審査請求と併合して熊本国税不服審判所長に対する審査請求として取扱われたが、同所長は請求棄却の裁決をなし、その裁決書謄本は昭和五一年三月六日原告に送達された。

5  被告がなした前記各更正処分は次の理由により違法であつて取消されるべきである。

(一) 原告の次男訴外江口義広(昭和二五年二月二五日生)は、昭和四七年一二月二六日午前一一時頃、別府市大字北石垣一二七〇番地の三、訴外藤内冨久栄方において同訴外人にのみで傷害を負わせた。

(二) 原告は、右訴外藤内冨久栄に対し、昭和四八年一月一三日から同年一二月二四日までの間に一三回にわたり合計金一一〇万円、昭和四九年一月三一日から同年九月三〇日までの間に九回にわたり合計金四五万円を支払つたが、右金員は損害賠償義務を負わない原告が訴外藤内冨久栄およびその夫訴外藤内幸治らから脅迫され騙取されたものであつて、所得税法第七二条所定の盗難による損失に該当するか、またはこれに準ずるものとして雑損控除の対象とされなければならないのに、被告は雑損控除の対象にならないとして、前記各更正処分をなした。

よつて、原告は被告に対し、昭和四八年分及び昭和四九年分所得税の各更正処分の取消を求めるとともに、右両年分の原告の所得税につき前記金員を雑損控除の対象として算出した税額をこえる租税債権が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5のうち(一)の事実は認める。同(二)の事実のうち、原告が訴外藤内冨久栄に対し、昭和四八年一月一三日から同年一二月二四日までの間に一三回にわたり合計金一一〇万円、昭和四九年一月三一日から同年九月三〇日までの間に九回にわたり合計金四五万円を支払つたことは認める。その余は争う。

三  被告の主張

原告が訴外藤内冨久栄に支払つた前記金員は、原告がその意思に基づいて見舞金、治療費等として同訴外人に支払つたものであり、所得税法第七二条による雑損控除の対象とはなりえない。なお同条に規定する「盗難」とは窃取又は強取により占有者の意思に反して財物の占有を奪われた場合をいうものであり、詐欺、恐喝等占有者の瑕疵ある意思に基づいて財物の占有を失うに至つた場合を含まないというべきである。

以上のとおり被告がなした前記各更正処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告主張の請求の原因の1ないし4、5の(一)の各事実および5の(二)の事実のうち、原告が訴外藤内冨久栄に対し、昭和四八年一月一三日から同年一二月二四日までの間に一三回にわたり合計金一一〇万円、昭和四九年一月三一日から同年九月三〇日までの間に九回にわたり合計金四五万円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで被告がなした前記各更正処分の適否につき判断するに、所得税法第七二条に規定する災害又は盗難若しくは横領による損失とは、納税者の意思に基づかない損失をいうものと解するのが相当であるところ、証人藤内幸治、同藤内冨久栄の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告が訴外藤内冨久栄に対して支払つた前記金員は、訴外江口義広が訴外藤内冨久栄に傷害を負わせたことにつき、右訴外江口義広には損害賠償の資力がないところから、原告がその意思に基づき損害賠償として右訴外藤内冨久栄に支払つたものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、右の事実に照らすと、原告がなした右出捐は、所得税法第七二条にいう損失に該当しないというべきである。

そうすると原告が訴外藤内冨久栄に支払つた前記金員は雑損控除の対象とならないとして被告がなした前記各更正処分はいずれも適法というべきである。

なお原告は被告に対し、租税債権が存在しないことの確認を求めるけれども、被告は、行政庁であつて、租税債権の主体ではなく、右の訴えの被告としての当事者適格を有しないというべきであるから、右の訴えは不適法である。

三  よつて原告の所得税の更正処分取消請求は、理由がないから棄却し、租税債権不存在確認の訴えは不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義明 白井博文 林圭介)

別表一、二〈省略〉

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